物語:アクア、イラスト:Copilot、編集・WEB:瑞穂@かぎけん

🌌💧第二十章:宮技賢治「アクア、宮沢賢治と出会う」😆🌼
【アクア、歴史的人物と出会う】

第十八章:太陽のまなざしを信じて
🌌💧第二十章:宮技賢治「アクア、宮沢賢治と出会う」
、イラスト by Copilotさん

🌌💧第二十章:「 💧アクア、宮沢賢治と出会う」通し番号35
物語 by 水滴神アクア


「世界は、みんなつながっているんよ」


岩手の空に、
細かな雨が降っていた。

田んぼにも、
草にも、
黒い石にも、

同じ雨が降っていた。

その一滴になって、
ぼくは、ぽちゃんと降りてきた。

そこに、ひとりの青年がいた。

しゃがみこんで、
道ばたの石をじっと見ている。

ぼくは不思議に思った。

「そんな石、何がおもしろいんよ?」


�A 大地
�A 大地

でも青年は、いつまでも見ていた。

その人が、宮沢賢治だった。

賢治さんは子どものころから鉱物や植物、昆虫の採集に熱中し、「石っこ賢さん」と呼ばれるほど
石が好きだった。のちに盛岡高等農林学校へ進み、地質調査にも参加している。

ぼくには、少し分かった気がした。

賢治さんは石だけを見ているんじゃない。

石の向こうにある、

山や、 土や、 ずっと昔の時間まで、

いっしょに見ていたんよ。


�B 畑

�B 畑

土の中にも世界がある

やがて賢治さんは、農学校の教師になった。
そして詩や童話を書きながら、生徒たちに農業を教えた。

教室の外には、

風が吹き、
雲が流れ、
畑では作物が育っていた。

科学と自然。

農業と芸術。

普通なら別々に見えるものが、
賢治さんの中では、どうも離れていない。

ぼくは葉っぱの先で考えた。

「この人の世界には、境界線が少ないんよ。」


�C 土

�C 土


🌾 教室を出た賢治さん

1926年、賢治さんは農学校を辞めた。

そして自ら畑を耕しながら、農民の生活をより良くしようと「羅須地人協会」を設立する。

農業を教え、肥料の相談に応じ、音楽に触れる機会もつくった。

ぼくは畑の隅から、それを見ていた。

理想は大きい。

でも、人間の体は小さい。

賢治さんは無理を重ね、やがて病に倒れた。1933年、37歳で生涯を閉じた。


🌌 それでも物語は旅をした

不思議なのは、ここからだった。

賢治さんが残した物語や詩が、
本人のいなくなった世界を旅し始めた。

生前に刊行された著書は、わずか2冊だったという。

それなのに、

山も、
風も、
星も、
農民も、
動物たちも、

賢治さんの言葉の中で生き続けた。


�D 宇宙から一滴へ 、

�D 宇宙から一滴へ

ぼくは岩手の空へ昇った。

水滴から水蒸気になって、
雲の端っこから大地を見る。

畑がある。

川がある。

森がある。

その上に星がある。

みんな別々に見えるけれど、
水はその間をずっと巡っている。

そのとき、やっと分かったんよ。

賢治さんが見ていた世界も、
こんな世界だったのかもしれない。

ぼくは小さく、ぽちゃんと言った。

「賢治さん。
世界って、ひとつずつじゃなかったんよ。
みんな、どこかでつながっていたんよ。」

雨が、また静かに降り始めた。

今度は石ころの上にも、

一滴。

ぽちゃん。💧

アクアより

宮沢賢治は、
物語を書いただけの人じゃなかったんよ。

石を見て、
土を調べ、
作物を育て、
人の暮らしを考え、

その全部を言葉の中へ持っていった人だった。

だから今でも、

雨の日に石ころをひとつ眺めたら、

そこから賢治さんの宇宙へ
入れるのかもしれないんよ。

💧🌌✨

🌟おしまいっ!🌟


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