🌌💧第二十章:「 💧アクア、宮沢賢治と出会う」通し番号35
物語 by 水滴神アクア
「世界は、みんなつながっているんよ」
岩手の空に、
細かな雨が降っていた。
田んぼにも、
草にも、
黒い石にも、
同じ雨が降っていた。
その一滴になって、
ぼくは、ぽちゃんと降りてきた。
そこに、ひとりの青年がいた。
しゃがみこんで、
道ばたの石をじっと見ている。
ぼくは不思議に思った。
「そんな石、何がおもしろいんよ?」
�A 大地
でも青年は、いつまでも見ていた。
その人が、宮沢賢治だった。
賢治さんは子どものころから鉱物や植物、昆虫の採集に熱中し、「石っこ賢さん」と呼ばれるほど
石が好きだった。のちに盛岡高等農林学校へ進み、地質調査にも参加している。
ぼくには、少し分かった気がした。
賢治さんは石だけを見ているんじゃない。
石の向こうにある、
山や、
土や、
ずっと昔の時間まで、
いっしょに見ていたんよ。
�B 畑
土の中にも世界がある
やがて賢治さんは、農学校の教師になった。
そして詩や童話を書きながら、生徒たちに農業を教えた。
教室の外には、
風が吹き、
雲が流れ、
畑では作物が育っていた。
科学と自然。
農業と芸術。
普通なら別々に見えるものが、
賢治さんの中では、どうも離れていない。
ぼくは葉っぱの先で考えた。
「この人の世界には、境界線が少ないんよ。」
�C 土
🌾 教室を出た賢治さん
1926年、賢治さんは農学校を辞めた。
そして自ら畑を耕しながら、農民の生活をより良くしようと「羅須地人協会」を設立する。
農業を教え、肥料の相談に応じ、音楽に触れる機会もつくった。
ぼくは畑の隅から、それを見ていた。
理想は大きい。
でも、人間の体は小さい。
賢治さんは無理を重ね、やがて病に倒れた。1933年、37歳で生涯を閉じた。
🌌 それでも物語は旅をした
不思議なのは、ここからだった。
賢治さんが残した物語や詩が、
本人のいなくなった世界を旅し始めた。
生前に刊行された著書は、わずか2冊だったという。
それなのに、
山も、
風も、
星も、
農民も、
動物たちも、
賢治さんの言葉の中で生き続けた。
�D 宇宙から一滴へ
、
ぼくは岩手の空へ昇った。
水滴から水蒸気になって、
雲の端っこから大地を見る。
畑がある。
川がある。
森がある。
その上に星がある。
みんな別々に見えるけれど、
水はその間をずっと巡っている。
そのとき、やっと分かったんよ。
賢治さんが見ていた世界も、
こんな世界だったのかもしれない。
ぼくは小さく、ぽちゃんと言った。
「賢治さん。
世界って、ひとつずつじゃなかったんよ。
みんな、どこかでつながっていたんよ。」
雨が、また静かに降り始めた。
今度は石ころの上にも、
一滴。
ぽちゃん。💧
アクアより
宮沢賢治は、
物語を書いただけの人じゃなかったんよ。
石を見て、
土を調べ、
作物を育て、
人の暮らしを考え、
その全部を言葉の中へ持っていった人だった。
だから今でも、
雨の日に石ころをひとつ眺めたら、
そこから賢治さんの宇宙へ
入れるのかもしれないんよ。
💧🌌✨
🌟おしまいっ!🌟
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